FC2ブログ
 

鋭読 ~英独のニュースから世界を読む~

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イギリスが参考にする日本の地方再生モデル

シャッター商店街、高齢社会が言われて以来、もう何年が経ったでしょうか?
大都市においては、高度経済成長期に建てられたマンションやアパートの住民は高齢者ばかりとなり、その運営にも弊害が見られるようになっています。
地方では事態がもっと深刻です。農業従事者の平均年令は全国で66才。これはサラリーマンや公務員では定年退職後の年令です。漁業や林業においても平均年令は60才超。こうした一次産業従事者にかかわる産業構造の問題がまずあります。さらに、少子化に伴い高等教育以上を受ける若者、就職を目指す若者はよりよい機会を求めて大都市圏に集中します。地方には彼らの希望に叶う学校や職場が少なく、あったとしても、バブル以降の不景気しか体験していない彼らにとって、地方の中小企業や学校はいつなくなるかわからないという不安もあり、大企業の地方支店や地方工場に勤務しても、いつ撤退されるかわからないという不安もあります。一方、大手スーパーやコンビニエンスストアは、地方では自動車による移動が中心のため、高速道路のインターチェンジ近くや、大きな国道沿いにしか店舗進出しません。その影響もあり、跡継ぎのいない中心市街地の個人商店は続々と閉店に追い込まれるという構造になっています。
その中で、いくつかの自治体が様々な策を講じて元気な中心市街地を実現しています。

事の次第は先進諸国では共通しているようで、イギリスの『ガーディアン』紙の記事 "What the UK can learn from Japan's high street revival" 「日本の中心街復活からイギリスが学べること」をご紹介します。

(注:リンク、トラックバック、引用は出典を明記した場合に限りフリーです。出典を明記せず、または管理人の承諾なく一部ないし全部を転載することは、これを禁じます。コメントから連絡ください)

<開始>
先月発表されたある日本のシンクタンクの研究によると、同国の自治体は、より小さな町から大都市に住民が移り住むにしたがって、とりわけ若い女性の劇的な人口減に直面している。
この人口移動の結果は、日本の田舎の下町で感じられる。地方官吏はこうした地域に活気を取り戻すにはどうしたらよいかと頭を悩ませるが、商店は空いたままだ。
イギリスの問題はこれよりも小さい。中心街の退廃を受けて、政府は商店閉店と衰退に起因する景気後退への対応策に取り組んでいる。
イギリスの成長政策と同様に、日本政府は市町村の中心街の復活が経済刷新に肝要だとしている。これは、市内のあらゆるものが密接にかかわり合い、アクセス可能なコンパクトシティの創設という安倍晋三首相の目標からも明らかだ。これは安倍首相の三本の矢の戦略の一つである。
中心街が直面する課題について政府にアドバイスを与え、政策を発展させて、中心街が成長できるようにする、ブランドン・ルイス・コミュニティ担当大臣の将来の中心街フォーラムは、日本政府の中心市街地活性化推進委員会と非常に似ている。
日本では、1990年代初頭の不況への対応として、タウンマネージメント組織に関するアメリカとイギリスのモデルが導入されたが、これは市外の小売業の成長に起因する中心街の衰退に対抗するものだ。こうした政策の中には、破産の他には大した成果を生まずに終わってしまったものもある。
日本の失敗は、悪名高い車中心社会を原因とするいくつかの解決されてこなかった諸問題が原因となったことも間違いないが、市民参加が乏しく、無謀なマネージメントが行われたことも原因だった。
今日では数多くの様々な対応が成果を挙げている。2つの例を示そう。

萩市
安倍首相の生まれた山口県にある萩市は、1868年の明治維新において、近代国家としての日本が生まれた地であったために知られている。2005年に合併した萩市の構造は、人口がわずかに増えて5万3千人だが、中心部は空いた商店と高齢化した人口の問題に取り組み続けていた。
しかし、ここ数年で日本のまちの駅運動が萩市において行われ、街の誇りを取り戻す、市民主導型のアプローチが行われた。まちの駅(翻訳するとコミュニティステーション)は日本中に存在し、休憩したり、リラックスしたり、おしゃべりするスペースを市民に提供する既存店舗が含まれている。
どのようなスペースも登録でき、全国に1千カ所以上あり、市民主導の再生のシンボルであるブランドのまちの駅として認められることができる。
萩市において、コンセプトはボランティアのツアーガイドを際立たせ、来訪者にホスピタリティを提供して、より一層の歓迎と歩行者にやさしい市を創造するように方向づけられた。

富山市
富山市は2005年に周辺自治体と合併した。地政学的変化と予算減少によって、必要な措置であった。
それ以来、富山市コンパクトシティの世界モデルとしたい森雅志市長が市政を司ってきた。
2007年、富山市は、中心街に住居を誘致し、新しい路面電車によって連続性を持たせることを中心とした再生計画に対して、政府の支援が決まった初の市となった。
市長主導の政策の中で、高齢の市民は孫と一緒だと市が運営するアトラクションの入場が無料となっている。これは特定の夜であれば、カップルにも適用されている。中心部の市民菜園で高齢者が作った作物はコミュニティの集まりでも使われている。
森市長にとって、このアプローチは人口減少に効果があり、かつ域内の若い人々と高齢の人々を結び付けるものである。外国人来訪者と地元住民も、市の中心部で花を1束買うと、森市長のお得意の構想によって、路面電車に無料乗車できる。
森市長の政策によって、2005年には富山市の人口のうち28%が中心街に住んでいたのが、2013年には32%に増え、2020年には42%を目指しているが、これは日本の傾向と逆のものである。森市長は地方分権化の政府諮問委員会において日本の市長の委員長に指名された。
富山市コンパクトシティのモデルは、中心街刷新には市民参加とリーダーシップが肝要であることを示している。世界中の他の都市から学ぶことが重要だということも示している。日本におけるゴールは、地方が、他にない特徴を活かして、世界中から見ている人々に自分たちを売り込むことである。
<終了>

【ゴリ丸の独り言】
地方再生の問題は、一筋縄では解決が困難です。地方交通の問題(とりわけ赤字路線の問題)、道路整備の問題、学校の問題、(冒頭で触れました)産業構造の問題、さらには世界経済に巻き込まれてグローバル化したがゆえに他国の状況によって地場産業までが大きな影響を受けてしまう問題、さらには各地方独自の問題(沖縄の基地問題など)・・・
安倍改造内閣において、石破茂が地方創生担当大臣に指名されたことから、地方再生がダシに使われるのではないか、左遷ではないか、またぞろバラマキが始まるのではないか、と国民は地方再生という大きな課題の解決に対して疑心暗鬼になるという真逆の「効果」が出てしまっています。
いずれにしろ、萩や富山のように住民参加型によって課題を自らの問題として、実際に困っている商店主、飲食店主、利用者である消費者に考えてもらい、解決策を打ち出すといった取り組みは全国の様々な自治体で行われはじめています。大切なことは官製の解決プランに頼らないことでしょう。何と言っても、役人は商売をした経験がないのです。人をたくさん集めてモノを売るイベントをした経験がないのです。未経験の人に解決策となる特効薬を考えろと言っても無理です。さらに言えば、無理な相手に解決策考案を押し付けて、あたかも全力で取り組んでいるかのように振る舞って、実はきちんとした結果を出したいと本心からは思っていない当事者たち(商店主たち)の「アリバイ」に利用されているだけじゃないか、といった例もあります。
その他にもがんばって成功している例はあちこちにあります。われわれが参考にすべき例はアメリカやイギリス以外にもあると思います。議員諸氏には、せっかく税金を使って視察をするのであれば、そうしたところに行って、有益な視察をして欲しいものです。
~この稿おわり~

スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。