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鋭読 ~英独のニュースから世界を読む~

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『フォーブス』が唱える「沖縄を返せ」

沖縄を返せ」という歌をご存知でしょうか? (YouTubeはこちら) これは正調といった感じの労働歌風ですが、ゴリ丸は個人的には大工哲弘さんのジンタ風が大好きです。(こちら)いずれにしろ、1956年、米軍による統治下で人権侵害がひどい時期に、沖縄をわれわれウチナンチュ(沖縄人)の手に返せと訴えるために作られた歌です。米軍基地に反対する集会ではもちろん、なんてことはない飲み会でも興が乗ればこの歌を歌います。ゴリ丸は過去20年間、沖縄に十数回行っていますが、県民たちと一緒に何度もこの歌を声高らかに歌い、ほとんど歌詞を覚えてしまいました。
さて、今日は『フォーブス』を紹介します。同誌に寄稿するダグ・バーンドゥ氏が2012年にも "Give Okinawa Back To The Okinawans" 沖縄沖縄県民に返せ」という記事で、米軍の沖縄駐留の意義はすでに失われているのだから県民の手に返せ、県民の負担は過大だ、と主張しています。
今回はつい先日掲載された、バーンドゥ氏が県知事選の結果を踏まえて寄稿した記事 "U.S. Filled Okinawa With Bases And Japan Kept Them There: Okinawans Again Say No" 「アメリカは沖縄に基地を設け、日本はアメリカの言いなり 沖縄県民は再びNOを突き付けた」をご紹介します。
日本でも、沖縄国際大学の前泊博盛教授をはじめとして、米軍として東アジアにプレゼンスを示すのが沖縄であらねばならないとする議論は、ヤマトンチュ(日本の本土の人々)だけがヤマトンチュのためにしているもので、アメリカでは問題にされていない=沖縄でなくても構わないと米軍高官が言明していると明らかにしている方が何人かいます。一方、日本の安全保障政策上、抑止力としての米海兵隊が沖縄に駐留する必要があるという、すでに有効性を失った議論に固執している御用学者やナショナリストは何人もいます。
今回ご紹介するバーンドゥ氏の記事は、このような古びた議論の誤りを裏付けるひとつの記事と捉えてよいと思います。

(注:リンク、トラックバック、引用は出典を明記した場合に限りフリーです。出典を明記せず、または管理人の承諾なく一部ないし全部を転載することは、これを禁じます。コメントから連絡ください)

<開始>
アメリカは軍事的に過剰な負担を負っており、また財政政策の効果という意味では破たんしているが、ワシントンは、どの基地も配備も、たとえ使われていなくとも、減少させる意図は毛頭ない。沖縄の数多くの軍事施設についても同様で、アメリカの施設、滑走路、資材、人材が過剰に過ぎるリスクを冒している。アメリカ政府の最も重要な軍事的ハブのひとつとして徴発されていることに対して沖縄県民が再びNOを突き付けのは当然だ。
琉球諸島はかつて独立していたが、19世紀後半に帝国日本に征服された。沖縄県民は1945年4月のいわゆる「鉄の雨」によって、アメリカが侵攻する間中、過酷な目にあった。アメリカはその後沖縄に駐留し続け、最終的に1972年に沖縄が日本に返還されるまでに、いたるところ基地だらけにした。現在でも国防省は沖縄のほぼ5分の1を支配していて、美しい海岸もその中にはある。
アメリカの圧倒的なプレゼンスに対する反対は、ほぼ20年前にアメリカ軍人が10代の女の子を強姦して表面化した。太田昌秀知事はアメリカのプレゼンスの減少を訴える運動を率い、沖縄県民の多くが反対に転じた。しかしながら、政治的行動主義は結果として衰退した。東京の日本政府は引き続き沖縄県民を可能な限りなだめつつ予算をつかませ、一方では地域の負担を再編しようと様々な政策を促進した。
基地は存続した。なぜならば、日本の他の地域では誰もアメリカの軍事力を迎えようとしないからだ。こうして、東京の政治家たちはアメリカのプレゼンスを最も東京から離れていて、最も東京に影響が少なく、最も貧しい県に集中させ続ける(基地の面積のほぼ3分の2、軍関係者47,000人の半数以上)ためにはなりふり構わない。東京とワシントンは10年間の交渉の結果、海兵隊の一部をグアムに、普天間基地をより人口の少ない名護市の辺野古地区に移転させると2006年に合意したが、これに満足した沖縄県民はほとんどいなかった。
3年後、民主党が政権を獲得し、沖縄県民の懸念を払しょくすると公約した。同党は、安全保障上のパートナーシップにおいてより平等な二国間関係も主張した。しかしオバマ政権は結局のところそれ以前の政権と同様に妥協せず、鳩山由紀夫首相の取り組みを阻害したため、民主党は分裂した。鳩山は結局辞任した。
それ以降、沖縄県民の約80パーセントが辺野古移設案に反対していたように、強固な地元の反対にもかかわらず、日本政府は移設合意を推進しようとした。昨年、日本政府は仲井真弘多知事の承認を得た。しかし先週行われた沖縄知事選で、翁長雄志名護市長が「新基地建設はさせない」と言明して基地反対の公約を掲げて仲井真に勝利した。
現実的には、翁長は計画されている移転を遅らせることしかできないかも知れない。しかし、彼は仲井真前知事が承認した埋立許可を無効にする法的手段が可能と見ている。翁長は言明した。「私は辺野古の新基地建設阻止のためにいかなる手段も取るつもりです。普天間基地は国外、そして県外に移設しなければなりません」
翁長の当選を稲嶺進名護市長は歓迎した。彼は昨年1月に再選され、2年前にはワシントンを訪問し、アメリカの政策立案者たちに、計画に反対するようにロビー活動を行っていた。市政府と県政府が共闘して反対する状況に、彼は「これからわたしたちはたいへんになるでしょう」と語った。
県知事選前に菅義偉官房長官は、対立は「過去の問題」だと主張した。しかし、翁長の勝利は県民感情が根深いことを示している。仲井真は日本政府から260億ドルの経済支援を得ることと引き換えに移設案に寝返り、安倍晋三首相の強力な支援を受けた。翁長は、日本政府が県民たちを金で動かそうという企みに反対する選挙戦を展開し、沖縄の発展を阻害するアメリカのプレゼンスを攻撃する方針を取った。翁長は、投票総数約70万票を4名で争った選挙で10万票差で当選した。
安倍政権は移設案を推進すると言明したが、12月14日には総選挙を控えている。野党の脆弱さを考えると自民党が勝利すると考えられるが、今よりも少数の過半数に終わり、それによって、米軍基地に反対する地方世論を覆さなくてはならない、より厳しい局面を迎えると思われる。
「沖縄はこれまでに多くの物を負ってきました。なぜ、さらに負担しなければならないのですか」翁長は選挙前にこう語っていた。うまい答えなどない。
仲井真は日本政府が尖閣諸島を巡って中国と対立していることを引き合いに出した。米軍基地のプレゼンスを支持する他の者たちは北朝鮮に言及した。海兵隊は、進攻兵団が素早く展開できるすべての近隣地域を引き合いに出した。
しかし、ワシントンは新たな戦争を企てるべきではない。そうではなく、アメリカは、万一覇権主義的な大国、すなわち中国が尖閣海域で優位に立って脅威になり、軍事介入するようなことがあった場合に備えて、より「海洋で均衡を保つ存在」として活動すべきだが、そうした事態は起きそうにない。ワシントンは、日常的な防衛責任をアジアの友好的な諸国、とりわけ日本に任せておくべきであり、兵力をアメリカに戻すべきだ。
とはいえ、アメリカは緊急時の基地のアクセス、情報共有、合同演習を推進すべきだ。東アジアには他に軍事協力に適した地域があるに違いない。しかし、第2次世界大戦後70年、朝鮮戦争後60年、アメリカのベトナム撤退後40年、ベルリンの壁崩壊後25年を迎え、この地域にアメリカが恒久的に駐留すべき必要などない。
GDPのわずか1パーセントの防衛費で日本政府は強力な「自衛隊」を作ることができている。より多くを支出すれば日本は中国の冒険主義を軍事的に十分阻止できるだろう。韓国はいわゆる朝鮮民主主義人民共和国と比べて人口が2倍、GDPは40倍であり、技術、財政、外交の全ての面でも有利であることが想像できる。それでも韓国政府はアメリカの支援を必要としていない。
オーストラリア、ベトナム、シンガポールおよび他の諸国は拡大する中国の発言力に対して軍事支出を増やしつつある。インドは東南アジアへの介入を拡大し、中国政府に対する別の対抗勢力として動いている。アメリカはこうした事態を注意深く見守り、かつ慎重であるべきだが、差し迫ってはワシントンの友好国および同盟国を圧倒するものなどない。
また、アメリカの沖縄拠点には軍事的有用性もない。アメリカ空軍参謀総長ロナルド・フォーゲルマンは、海兵隊は「軍事的機能には全然役に立っていない。いかなる戦争計画においても、タイムラインに間に合うために沖縄にいる必要などない」と認めている。
起こりそうにない戦争のためにアメリカが中国大陸に侵攻すると想定する者などいない。実際、これよりも馬鹿げた考えなど殆ど想像できない。空軍と海軍は日本の安全を保障している。韓国は兵員数が多いので、沖縄駐留兵力によるアメリカの支援など求めていない。
国境紛争、市民暴動、宗教紛争、分離主義運動、人道支援など、あまり重要でないものこそ、アメリカの最も熟達した兵士たちを展開してはならない紛争である。カンボジア、フィジー、インドネシア、ソロモン諸島、タイなど、不安定であったり、そうでなければ安全でない国はたくさん挙げられるが、これらがアメリカに与える影響はほとんどあり得ない。ワシントンは、誰からでも、どの地域からでも緊急出動要請を受けてよいわけではない。
日本から米軍を撤退させることは(沖縄に展開する部隊も撤退させることを止める理由などない)、日本政府にとって、かの国の防衛に対する基本的責任を誰が負うのかに変化をもたらすことになろう。そうなれば、日本国民はその差異をいかにして埋めるのかを決めることができる。どれだけの予算を割くのか、どれだけの兵士を採用するのか、どこに軍隊を駐留させるのかを友好国に告げるのはアメリカの役割ではない。紛争地域を求めて強く主張することから、国家を存続し続けることに至るまで、国家安全保障にかかわる問題のどれが重要かを日本国民が評価し、何を必要とするのか、どれほどの予算を割きたいと考えるのかを決めるべきだ。アメリカ政府という都合の良いスケープゴートがいなければ、どのような軍隊を維持しようと日本政府が選択するにせよ、どこを中心にするのかを決定する際に、日本の指導者たちはより真剣に沖縄に対して公平でなければならないだろう。
オバマ政権は再編のふりをもう少し続けようとしか考えていないので、アメリカが純粋な「再バランス化」を行えば、たぶん日本政府に対してさらに多くのことを求めることになるだろうが、それがまさに議論のポイントになるのだ。事実、日本政府の態度は変化している。安倍首相は歴代総理に比べればよりタカ派だが、それでもアメリカの防衛の傘が重要だと評価している。もっと独立心を持っていたのは鳩山首相だったが、彼はアメリカ政府の圧力の犠牲となってしまった。彼は次のように述べた。「いつの日か、日本の平和が日本国民自身の手によって確保される日がくるだろう」
このような転換によって、日本の官僚は、韓国をはじめとした近隣諸国とより良い関係を構築するようにより大きな圧力を受けるだろう。広域連携が日本政府の防衛政策における第一のツールとなるだろう。日本がアメリカ全軍の後ろに隠れている限り、日本の政治家たちは自国内でナショナリストを演じていればよい。自己裁量に任されれば、日本政府はそうすることによって外交関係に必要なコストをより重たいものとして評価しなければならないだろう。
言うまでもなく、日本国民はこれ以上何もしないと決めることもできるし、それは彼らの権利だ。しかし、そのような選択をする結果も、彼らが受止めねばならない。日本の平和主義者たちも、アメリカ軍による結果に守られているのではなく、彼らの信念を通す勇気を示さねばならないだろう。
アメリカ政府による防衛に関する関与と軍の配備は、周囲の状況に適応したものでなければならない。冷戦時代には、アメリカ軍の海外におけるプレゼンスは異常なほど攻撃的でなければならなかった。しかしアメリカに敵対する諸国は崩壊し、同盟諸国が繁栄してきた。もはや日本とその近隣諸国を防衛する必要などない。これが、沖縄県民にアメリカの過度な軍事的プレゼンスを負担させる唯一の論拠を断ち切るものだ。ほぼ70年を経て、沖縄県民は安寧を得るにふさわしい。これはアメリカ人も同様だ。彼らがほとんど地球のすべての防衛費を負担しているのだから。
<終了>

【ゴリ丸の独り言】
見事にこれまでの経緯と、日米両政府の思惑をまとめた記事だと思います。
米軍(または米政府)が沖縄の基地存続を望んでいるなどという議論は「おためごかし」です。記事中にあるように、米軍高官が、沖縄である必要はないと断言しています。沖縄の経済は基地に依存しているで米軍基地は「必要悪」だという議論は数十年前の話です。沖縄県の生産高の中に基地関係が占める割合は、現在では1パーセントに過ぎません。
日米地位協定は、独立国であるはずの日本としては本来死文化しているべきものなのに、どこに、どれだけの兵力を持ち、どこに基地を作るのかは、依然としてアメリカの意思によって決定される内容のままです。つまり、そこに日本側の意思が介在する余地はないのです。こんな「協定」は世界中探しても日米間にしか残っていません。同様の協定を結んでいたドイツ、イタリアもすでにこのような「生き地獄」を脱しています。(日米地位協定については、前掲の前泊博盛教授の『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』に詳しいです)
これを60年安保時に決めたのが岸信介であり、その弟である佐藤栄作は70年に安保改定を行って日米地位協定も存続させ、孫である安倍晋三は「日本を取り戻す」と言い、米軍の抑止力に依存し続ける姿勢を取り続けています。
これでいいんですか、とバーンドゥ氏は問いかけているのです。
~この稿おわり~

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