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鋭読 ~英独のニュースから世界を読む~

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日本にベースボールを伝えたホーレス・ウィルソン

今年春にアメリカのナショナルパブリックラジオ(NPR)に載った記事 "Japanese Baseball Began On My Family's Farm In Maine" 「日本の野球メイン州のわが農場で始まった」をご紹介します。この話、実は有名なのでご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、いつもの例にもれず、公開されている情報では、(訳しにくいところをすっとばした)抄訳だったり要約だったり、フルに訳したものが少ないので改めて、というわけです。
記事を書いたセオ・バルコムさんはNPRのプロデューサーです。

(注:リンク、トラックバック、引用は出典を明記した場合に限りフリーです。出典を明記せず、または管理人の承諾なく一部ないし全部を転載することは、これを禁じます。コメントから連絡ください)

<開始>
普段の会話ではなかなか出てこないわが家に関する話だ。家族ではあまり話さない。この話をするには、改まって家族にインタビューしなければならなかった。だが、よその人に言うと、大声でこう言われる。「なんでもっと前に言ってくれなかったの?」
では話そう。わたしの大大大おじが日本に野球を伝えた。
何代にもわたって家族の誰も知らなかったのだが、2000年に日本から大勢の人たちがメイン州の田舎のわが農場にやって来て、わが家も多かれ少なかれ忘れていたホーレス・ウィルソンが遺したベースボールを普及するために日本に招待するというのだ。
一番高齢の親戚に頼んで、わが家の壁に掛っている1860年ころの写真で彼を特定してもらわなくてはならなかった(この記事の最初に掲載してある)。わたしたちにはどの人かわからなかったのだ。ひげあり?ひげなし?額にしわがある方か、むっつりとした視線の方か?
日本人がわたしたちに話してくれた内容はこうだ。ホーレスは農場を出て南北戦争に参戦したのち1871年に日本へ旅立ったが、その理由は遂にわからなかった。そして後の東京大学で教鞭を執ったのだ。
話の成り行きから言うと、彼が休み時間に学生たちにベースとバットを使うゲームを教えたことによって野球が日本に伝わったのだ。ホーレスは時々メイン州の実家に手紙を書いたが、日本はおろか、野球については何も書いていない。
それどころではなく、彼は弟に手紙のやり取りを続けてくれるようにと求めていた。「ひと月も実家から手紙が来ていなかったところに手紙をもらったので大変うれしい。声を上げて喜んだよ。」
こうした手紙でしかホーレスのことはわからない。彼は1877年にアメリカにもどり、1927年に亡くなるまでサンフランシスコ界隈に住んでいた。佐山和夫という野球史家がホーレスの果たした極めて重要な役割について本を書いていると聞いた時にはびっくりした。
ミニ情報:佐山さんの本を買いたい方は、アマゾンで次のような題名で翻訳本を売っている。"Man Wilson Told The baseball In Japan For "
ホーレスが「ベースボールを伝えた」とわかったころは、日本人選手がメジャーリーグに加わり始めたばかりだった。それ以来、たくさんの選手が加わり、去って行った。彼らの活躍は日本のテレビで何度も繰り返し放映されている。
日本人の関心には応えるべきだと思ったし、レッドソックスのチケットがもらえるかも知れないと思った。だが、ホーレス・ウィルソンにやたらと詳しい人たちの代理人がわが家に来て驚くべき事実をもたらすとは、夢にも思わなかった。
2000年のうだるように暑い午後だった。祖母はポーチのロッキングチェアに腰かけて、日本からの来客をもてなそうとしていた。二人の記者、日本野球連盟の代表、そしてこれが重要だが通訳が、ある種の聖地巡礼のため彼らの尊敬するホーレスの生誕地にはるばるやって来たのだ。
おばあちゃんが今でも覚えているように、そううまくはいかなかった。「あの人たちを見ると、眠っていたのよ。だから言ったの。『眠らせちゃだめだわ。話を止めなくちゃ』わたしはもてなしていたんだけど、あの人たちは寝ちゃったのよ」
時差ボケがひどかったのだ。さらに、何人かは納屋で牛の乳しぼりをしているわたしの父をポカンと見ていた。他には、上着もネクタイも取らずに畑を歩きまわっている人もいた。
夕食はスパゲッティとミートボールにバターを塗ったトウモロコシだった。2~3人の日本人はこういうトウモロコシの食べ方をしたことがなかったことをおばあちゃんは覚えている。お客さんを迎えたのはうれしいし、(ポーチでのうたた寝を別にすれば)楽しい思いをしてもらったと思ったが、わたしたちが務めを果たしたと思った時、一人の男性が立ち上がった。
彼は日本へ招待してくれたのだ。ウィルソン家は伝説のホーレスの代わりに日本にいらっしゃいませんか?
そこで日本へ出かけることになった。わたしは13才で、父、おば、いとこと一緒に日本へ行った。どうなるかわからなかったが、すぐに厚いもてなしを受けることがわかった。
どこに行くにも運転手、通訳、付添いの一団がついて来てくれた。わたしは旅行中ずっと日記をつけたが、日本に到着した日は次の通りだ。
「空港には夜遅く着いて、ホテルまで電車か地下鉄で行かなくてはならなかった。みんなどぎまぎしている」招待してくれた人たちはわたしたちを楽しませたくて一所懸命なのだが、わたしたちが日本に着いたことだけで感激していることには気づいていないようだった。予想もしなかったのだが、わたしたちにはカメラマンが帯同し、お昼は9品のコース料理で、野球協会と面談した。究極は高校野球選手権だった。
全国から選手が集まったこの大会はスポーツイベントと言うよりは聖地巡礼だ。そこでわたしたちは重要な役割を果たすこととなった。まず、出場チームの行進があるのだが、わたしたちは要人としての扱われて、球場を行進する全チームに手を振った。次は始球式だった。こういう大きなイベントではただ第1球を投げればよいというものではない。きっと違う。2~3機のヘリコプターと、赤いスモークとパラシュートがつきものだ。
いとこのローズとわたしは、ヘリコプターがジェット気流を吐き出しながら上空を舞う球場の真ん中に走って行った。ボールがパラシュートで落ちてきた。わたしたちはそれを拾い、本塁を横切って第1球を投げる日系アメリカ人の宇宙飛行士にボールを渡した。
父の記憶によれば、この人は宇宙に行き、野球のボールを投げた人だから、日本人は、このボールがホーレス・ウィルソンからずっと回って宇宙に行ったと考えたのだ。
何千人もの日本の野球ファンがわたしたちに歓声を送った。わたしたちは新聞に載ったので、道では人々からサインを求められ、ボーっと見つめられ、写真を撮ってよいかと求められた。
日記から。
「写真を一緒に撮って欲しいという選手たちが何人かいた。自分たちが試合に負けたのに、本当に楽しそうだった」
この話の理論的な結末は、そう、わたしたちはやり遂げたということだ。会った人たちに好印象を与えたに違いない。パラシュートで落ちてきたボールをホームプレートまでちゃんと持って行った。どの写真でも静かに座り、にっこりと微笑んでいた。ホーレス・ウィルソンは日本の野球殿堂に入った。日本野球連盟の会長がとても重いブロンズの額を送ってくれたが、わが家ではこれを生意気にも「ホーレス神社」と呼んでいる。
いや、ホーレス神社拝観のチケットは発売していない。ホーレス・ウィルソン土産も売ってないし、日本野球を生んだウィルソン農場への聖地巡礼も受け付けていない。ホーレス・ウィルソン・バブルヘッド人形も売っていない。
それには理由がある。この話を書こうと家族に話を聞いた時、ちょっとたいへんだなと思った。家族の声には躊躇が聞き取れたのだ。わたしたちはこういうことに慣れていない。自慢話をしようとか、天地創造の神話の一部だったなんていうつもりなどないのだから。
わたしたちはメイン州の人間だ。農民だ。世界の向こう側のスポーツのあり様を変えるような者ではない。この話になぜ人々が関心を持つのだろうと妹に尋ねたところ、わが家に関心があるのではなく、国と国の関係にかかわる本当に興味深い話だからだと彼女は言った。
おばあちゃんはインタビューの最後に、日本からやってきた人たちのことを誉め、彼らがいかにいい人たちだったかを話してくれた。「もうおしまい」彼女は言った。「これ以上バッテリーを無駄にしちゃだめよ」
<終了>

【ゴリ丸の独り言】
まあ、バンクーバー朝日の映画に触発されて、野球の歴史をちょっと探っていたら、この記事に巡り合ったのというのが事実です。
それにしても、スポーツの歴史とは意外とこんなものなのですね。誰かが、とか国がきっちりと伝えるために公式にどうこうしたというのではなく、雇われ外国人教師が休み時間に生徒と一緒に楽しんだのが野球の始まりだとは知りませんでした。
日本は今では野球を伝える側になっています。アジア、アフリカなど、野球不毛の地で野球を伝え、指導している日本人は何人もいます。現代の野球の形態では用具が必要ですから、国による貧富の差が大きく影響してしまっているようです。そのために、支援している団体などもたくさんあると聞きます。
となると、普及という点で見ると、野球はまだまだなのでしょう。IOCのレポートを数年前に読んだ際、競技人口自体が(他の競技と比べて)多くないこと、さらに女性の競技人口が極端に少ないこと、そもそも競技している国数が少ないことが問題視されていました。そう言われると、野球のオリンピック復活はなかなか難しいのかなあと思ってしまいます。
~この稿おわり~

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