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思い起こせば1980年代まで、女子テニス界はライバルの戦いだったという印象が強くあります。マーガレット・コート夫人とビリー・ジーン・キング夫人。クリス・エバートとマルチナ・ナブラチロワ。ところが次の世代から、ある選手が次々と名乗りを挙げるライバルたちを長らく圧倒していました。ドイツのシュテフィ・グラフです。
グランドスラム大会(全豪、全仏、全英、全米)ではシングルス通算22勝と歴代2位(1位はマーガレット・コート夫人)。女子テニスツアー公式戦107勝。勝率なんと87パーセント! 毎週獲得ポイントで変わる女子世界ランキングでは、通算377週、その内186週(!)は連続して第1位だったという名プレイヤーです。
そんなグラフも1999年には引退し、2001年にはやはり名選手だったアンドレ・アガシと結婚。現在は2児の母です。
結婚後はあまり表舞台に出てこないグラフが珍しくドイツ『シュテルン』誌のインタビューを受けましたので、これを訳します。
17日付電子版から "Wow, Steffi!" 『すごいぞ、シュテフィ!』を訳します(記事原文はこちら)。
《翻訳開始》:文中、青文字はシュテルン誌、赤文字はグラフ
(注:以下の翻訳文は管理人の承諾なく一部ないし全部の転載を禁じます)
かつてのテニス界のスターがシュテルン誌とのインタビューで、子どもの教育、ドイツ人の太り過ぎ、ニューヨークが美しい理由について語った。
シュテフィ、グーグルではあなたに関するサイトが100万以上あります。あなたのサインがイーベイで40ドルで取引されています。ご自身が今でも人気があることをどう思いますか?
自分ではわかりません。他の人が判断するものです。自分であれこれ考えることもありません。このテーマはわたしとしてはどちらかと言うと愉快ではありませんね。
ちょうど20年前に初のグランドスラム優勝を果たされました。ご自身のキャリアを振り返ってみて、ホロリとされることはありますか?
いいえ。わたしにとってはずいぶん昔の話です。特に最近は時間がとても速く過ぎていきました。ここ米国で今ちょうど、昔の全仏オープンのハイライトであるフレンチオープンクラシックスが放映されているのは不思議な感じです。今までは自分の出た試合を観たいとは思わなかったんですが、ついさっき2〜3分観ました。アンドレが子どもたちに言ってました。「ごらん、あれはママだよ」そしてわたしに尋ねたんです。「いったいどんな結果になったの?」って。あれこれと考えてみたんですが、正確な結果はどうにも思い出せないんですよ。
どの試合だったかはわかったんですか?
アランチャ・サンチェスとの試合でした。何度か対戦しましたから、いつの試合かを特定するのは簡単ではなかったんです。
ご自分の試合をご覧にならないのはなぜですか?
すでに一度体験したことですからね。それにテレビで自分を見ると、なんだかいつも落ち着かないんですよ。この頃が思い出せなくて悲しいのではなくて、新たな課題に没頭しているんです。古い日記が沢山あったんですが、捨ててしまいました。誰の手に渡ったのかもわかりません。ですが、古きよき時代に関するいくつかのメモはとってあって、今は金庫にしまってあります。
あなたは現在のテニスに興味を持ってらっしゃいますか?
アンドレは時々男子の試合をテレビで見ています。私はたいがい時間がないんです。大きな大会は2〜3分、ちょっと見ますけど。それ以上は見ません。誤解なさらないでください。私はあの頃を喜んで思い出します。でも、わたしは全く穏やかな状態ですし、納得ずくでわたしのテニス人生を脇にのけておくことができるんです。
それが、キャリアを終えてからの人生があなたの場合はこんなにうまく行っている理由でしょうか?
間違いありません。わたしは全てを捧げて、全てを成し遂げたと思いました。その結果として、とても幸せでした。ですからなおさら、わたしはテニスをしていたときも、テニス後の人生にとても喜びを感じていて、その結果、他に興味があることに、より時間を使おうと思うようになったんです。芸術、デザイン、写真、建築などです。私には夢がたくさんあって、テニス後の人生に不安などありませんでした。でも、事情が変わって、アンドレがわたしに結婚を申し込みました。これ以上の喜びはありませんでした。
夢のいくつかを体験することができましたか?
考えていたのとは違いました。わたしの夢は、「ナショナル・ジオグラフィック」誌専属カメラマンとして働くことでした。まあ、今は特に自分の子どもたちを撮ってますがね。一番撮りたい対象ですが、簡単じゃないんですよ。デザイン? ええ、夫とわたしはいくつものプロジェクトに携わっています。例えば、アイダホ州タマラックではインテリアから建築まで、300室のホテルを全部自分たちでデザインしました。このときは自由にさせてもらったんです。様々なプロジェクトでクリエイティブを満喫しました。
あなたがデザインなさったんですか? 想像がつかないんですが。
雑誌からたくさんのヒントを得て、デザイナーと会議を持って、アイデアをスケッチにしたんです。初めての家具の外観図を1月末に提出しました。今はまた次のコレクションに取り掛かってます。
どうやって使い分けているのですか? 第一にわたしは母であり妻です。その他のものはみんな二の次です。「女性実業家」という言葉は好きではありません。社会とかかわりを持つ母親で統一できるんじゃないかと思います。
社会とかかわりともつ母親として、今でもテニスをする時間はありますか?
ごくたまにですし、健康上の目的だけのためにです。もしかすると、もっと時間が取れるのでしょうが、そうすると子どもたちの負担になります。でも、そこまではテニスに価値を認めてはいません。アンドレの場合も全く同じです。
一番最近ご一緒にプレーされたときには、お怪我されましたね。
幸いなことに、あれはむしろ面白い見出しでしたね。ヒューストンで行われたあるチャリティーイベントで、私たちは手をつないでテニスをしなくちゃいけなかったんです。わたしは右手、夫は左手です。第一打で彼のラケットがわたしの唇に当たってしまったんです。アンドレは最初なにが起きたのか、全くわかりませんでした。その前にわたしたちと練習する時間をオークションで競り落とした医者のご夫妻がすぐに手当てしてくれました。いずれにしろ、イベントでは100万ドル以上のお金が慈善事業のために集まりました。だから、怪我しただけの価値はあったということです。
チャリティーは米国では大きな話題になります。ドイツよりもずっとすごいですね。その理由を教えていただけますか?
米国人は与えるのが好きなんです。それは彼らの国民性によるもので、すごいことだと思います。子どもの頃から、もうそうなり始めるんです。例えば、このヒューストンで行われたイベントでは、子どもたちが小さな箱を組み立てて、それを持って観客席を回って募金を集めたんです。
お子さんの教育方針はそういう方向ですか?
もちろん。子どもたちは貯金用とおもちゃを買うためと、それぞれ貯金箱を持っています。言うまでもなく、アンドレとわたしがどんなチャリティをしているのかについても話をしますよ。二人ともそうやって育てています。ふたりはそうやって幼稚園以外でも社会道徳を学んでいるのですが、幼稚園でも週末にはレモネードを売ってお金を集めることがあるんです。
現役でいらっしゃった頃にも社会とかかわりを持っていらして、心的外傷後ストレス症候群に苦しむ子どもたちのために「チルドレン・フォー・トゥモロー」を設立されました。その経緯を教えていただけますか?
頻繁に旅行していると、生活の影の部分も見えます。ですから、よく自問していました。「自分が持っているものをどうやったら他の人に分け与えることができるのだろう」と。子どもたちには交流の場がありませんでした。飢えていたり、貧しかったりする子どもたちの写真を見ると、その苦しみがわかります。ですが、精神的トラウマを抱えた子どもたちの場合は違います。この点でわたしは自分が有名であることを最も意味ある形で生かすことができ、そうした子どもたちの運命に人々の目を向けさせることができるのです。自分が母親になるなんて考えもしなかった頃に、もうわたしはこのテーマに夢中になっていました。
この仕事はどこに重点が置かれているのでしょうか?
1998年に基金を創設して南アフリカとハンブルグで活動を始めて以来、たくさんのことをしてきました。わたしたちは活動を広げ、コソボとモザンビークでは活発に活動していますし、2006年にはエリトリアで新たにプロジェクトを立ち上げました。ここでは第一歩として、集中的に治療できる約1,000人収容の幼稚園を建設し、運営していく計画です。ハンブルグでは国外亡命者のための新しいセンター建設と研究所設立の準備中です。まだまだするべきことはたくさんあります。
そうした紛争地帯にいらっしゃるのは、あなたにとって一種の現実把握でもあるのでしょうか?
そうだと思います。テレビで見る画像としては知っていても、その場所に行けば、とてつもなくショックを受けます。不幸の問題はごく身近で起きているのです。虐待を受けた子どもたちを例えばケープタウンで知ったとしたら、わたしはおいそれと帰って来れなくなります。こういうときに、もっと何かをしなければという気持ちが膨らんでいくんです。こういうものは忘れないものです。このプロジェクトで経験していることは、わたしの心を大きく動かしています。
まさにそうした心の動きを、あなたはかつてコート上では表現されなかった…
あの頃のわたしは無口でした。確かに。コートはいつもの場所でしかなかったんです。試合中に感情を爆発させても何もならないことに早くから気付いていましたから。でも、練習中のわたしをご存知だったら、わたしの中にも感情が渦巻いていたことがおわかりいただけたでしょう。ジョン・マッケンローとジミー・コナーズはコート上でわめいて回って、そうやってプレーを良くしていきました。わたしにはそういうことは全然なかったですけどね。
今のあなたにとってスポーツはどんな意味がありますか?
申し上げたように、テニスをすることは滅多にありません。でも、スポーツをしないで生きることはできません。ほとんど毎日スポーツをする時間をとります。45分間汗をかいて楽しんでいますよ。自転車に乗ったり、ストレッチをしたり、走ったり、ウェートトレーニングも少しします。週に1回のピラテスも再開したんですよ。少し気分転換が必要ですから。
それで今でも20年前と変わらず、とてもすらりとしていらっしゃる。
ありがとうございます。まる1日だけは太るようなことがないんですよ。子どもたちと公園で跳ね回ったり、洗濯物を洗ったり、夜の10時半まで掃除したりして、活発に過ごしていますからね。アンドレもわたしも、スポーツを通じて、栄養に注意するのになれています。気分転換できる食事を、たくさんの果物と野菜、たくさんの肉を食べてね。
肥満が国民全体の問題になった国にいらっしゃいますからね。
米国人の3分の2が肥満です。太り過ぎの問題は特に青少年で深刻です。肥満が何人いるのか、スポーツを全然しない子が何人いるのか、テレビやコンピューターしかしない子が何人いるのか、数値を見ると恐ろしくなります。でも、問題を直視しなくてはいけません。ここ何年も前から、問題は米国だけではなくなっているのですから。ドイツも同じ問題を抱えています。
まだ数年前には、ほとんど誰も太り過ぎについて語る人はいませんでした。でも、今では長期的な課題になっています。
わたしが子どもだった頃は、テレビのチャンネルは3つしかなく、コンピューターゲームはありませんでした。日曜の午後は「フリッパー」か、なにかの子ども番組に喜んでいて、それだけだったんです。思うんですが、昔は心地良くいるのがずっと難しかったんです。そして、多くの人たちが栄養とフィットネスの効果について全然わかっていませんでした。
では、あなたのフィットネスタジオ・チェーン「ミセス・シュポルト」で、そういう状況を変えたいというお考えですか?
ええ、それが一番の理由ですね。「ミセス・シュポルト」では、今までスポーツをしたことがない、またはあまりしたことがない女性たちにスポーツをしてもらいたいんです。
でも、どうして女性専用のフィットネススタジオなんですか?
例えばわたしは、フィットネスをしている時に、常に見られているとは感じたくないんです。これは多くの女性も同じです。さらに加えて、わたしは見渡せるような雰囲気で動いていたいんです。フットネスセンターは体力をつけるためだけのものというイメージがあります。でも、ウェートトレーニングに不安を抱いている女性は多いんですよ。体にどういう影響があるのかがわからず、筋肉がつき過ぎたり、トレーニングが痛いのではないかと不安だったりするんです。結果は正しかったことがわかりました。ドイツ国内で2年弱の間にフィットネススタジオが70箇所オープンし、今後半年間でさらに74箇所オープンする予定です。
どうしてドイツ国内だけなんですか? ラス・ベガスを見てご覧なさい。いたるところで経済が破綻していますよ。
ドイツで始めた事業ですし、ゆっくりと成長していければいいと思っています。次にはオーストリアとスイスで活動を始めます。でも、何事にもそれなりの時間が必要です。それは米国でも同じこと。地球温暖化を巡る議論でもそうです。誰しもが納得するまで続くでしょう。みんなが、何かしなくちゃならないと気付くまでです。残念ながら、みんなが行動を起こすまではどうにもなりません。でも、どうにかはなるでしょう。
では、ご自身はどれくらい環境に関心をお持ちですか?
アンドレとわたしはハイブリッドカーに乗っています。ほんの数ヶ月前までは、駐車場の警備員にどうやってエンジンがかかるのかを説明しなくてはなりませんでしたが、もう今では必要ありません。家では環境を意識して生活しています。台所ではリサイクル資源ゴミを入れておくものと、普通のゴミを入れるくず箱と分けています。下の子は3歳半ですが、どのゴミをどちらに入れればいいのか、もうわかってますよ。子どもたちは二人とも、ゴミを分別する理由もわかっています。息子の方は絵を描くのが好きなんですが、1枚の紙に線を2本引いただけで、もう次の紙が欲しくなるんです。すると、その紙を捨ててはいけないと言って聞かせます。また木を1本倒さなくてはならないからです。絵を描いて説明してあげると、子どもでもわかりますよ。
グラフさん、あなたは新聞の見出しになったことはないし、スキャンダルはちょっとしたものさえありません。しかも、このセレブだらけの国でですよ。あなたはそれほど清く正しく生きていらっしゃるのですか?
つまり、そうした生活を本当に普通に送っているのか、とお尋ねですか?
ええ、正にそれがわからないんですよ。
失望させてしまうことになりますが、あり得る程度に、本当に普通なんです。
では、シュテフィ・グラフのごく普通の1日を話していただけませんか?
ラス・ベガスの自宅にいるときは、アンドレは事務所にいて、仕事をしています。わたし達は交替で子どものジャーデンとジャズを幼稚園に送っていきます。子どもたちと過ごす時間はできるだけ楽しもうとしています。今は子どもたちもまだ小さいです。でも、時間が速く過ぎていくことはいつでも感じています。午後には家族全員で友達たちや家族と会いますし、バーベキューをすることもあります。母もラス・ベガスに暮らしていて、兄も奥さんと子どもたちを連れて引っ越してきました。
この生活は、あなたが思い描いている幸福に近いものですか?
ええ、十分にね。コミュニケーションが一番大事なもので、わが家でもそうです。何のことでも全部話せるようにしています。わたしたちは、あるキャリアをすでに体験したという贅沢な状態です。したいことをしてみることができるのも贅沢です。わたしたちは自分の人生をうまく使い分けることができ、子どもたちのためにいることもできます。そうするときはもちろん、それが恵まれているのだとわかっています。幸福とは、わたしにとっては自分が送っている人生そのものなんです。
では、ご主人がもうコートにたたれないことに喜んでいらっしゃいますか?
ほとんどはそうですね! 夫がまだプレーしていた頃は、わたしは観客席でいつも気が狂わんばかりに神経質になっていました。あれは自分でコートに立つよりも辛かったです。自分ではどうにもならないんですから。でも、アンドレがプレーしていたお陰で、子どもたちとメルボルンやニューヨークに行って、世界中を見せてあげることができました。そうしている内に、わたしはニューヨークのどの美術館もよくわかるようになったんですよ。ニューヨークって大好き! 90年代の初めにはマンハッタンにアパートを持っていて、とても楽しい時間を過ごしました。近所の人たちもおなじみで、フランス人のパン屋さんや、角でいつも新聞を買うスタンドにはパキスタン人がいました。86番街のドイツ人の肉屋さんは口では負けませんでしたね。
ではラス・ベガスではない方が良かったのではないですか。
文化の面で見れば、ラウ・ベガスにはまだまだ改善の余地があります。ぶらぶら散歩できるような歩道もありません。オープンカフェもありません。ここでは、ショッピングモールとカジノにしか生き生きとしていません。
とうかがうと、ホームシックにかかっているのかと思ってしまいますが。
ある森のことは懐かしいですね。ちゃんと森の香りも感じられるんです! 樹木が恋しくなります。ここにはやしの木しかありませんから。ドイツ料理や、ドイツのパン屋さんなど、今よりもずっと集中的にドイツで体験した時代が懐かしいです。でも、なくても十分に生きていけるものも沢山あります。今ではもうラス・ベガスが故郷のように感じています。わたしは世界中で育ちました。しかも、どこででもとても忙しく、でもちゃんと過ごしていたように思います。故郷への想いが膨らんでくると、ドイツ行きの飛行機に飛び乗ります。親戚のほとんどがドイツにいますから。父と叔母のところには定期的に訪ねます。子どもたちは従兄弟たちと会って喜びます。二人にとって、ドイツもある意味の故郷なんです。
では、あなたにとっては今現在、故郷はどこになるんでしょうか?
家族が住んでいるところです。わたしの親友はいつでも世界中に散らばっていました。ウィーン、ハンブルグ、南米、ロンドン。わたしは、自分が一番いい意味でコスモポリタンだと感じています。友人がマンハイムやハイデルベルグの自宅近辺にしかいないということは一度たりともありませんでした。故郷とは、わたしにとって家族が集まるところです。こうやって暮らしている内に、ラス・ベガスもそういう場所になりました。
ドイツからのニュースに今でも興味がありますか?
ここ米国では、世界各国からのニュースが本当に少ないことが一般的には問題です。アンゲラ・メルケル首相は滅多にニュースに登場しませんが、ホッキョクグマのクヌートは雑誌「バニティーフェア」の表紙を飾りました。すごいですね。
米国ではイラク戦争がもっぱら問題になっています。ご自宅ではこれについてどんな議論を交わされていますか?
この問題について、アンドレとわたしが大議論になることがないんです。二人ともこの戦争に完全に反対でしたし、今もそうだからです。じきに解決が図られることを望んでいます。米国人がイラクで何をしたいのか、わたしたちには皆目理解できないのです。次期大統領に期待するしかありません。
もしかすると女性大統領かもしれませんね?
確かにそうですね。いいじゃないですか。
《翻訳終了》
【ゴリ丸の感想】
長〜いインタビュー記事でした。
まだグラフが引退してから10年経っていないのに、とても懐かしい感じがします。それだけテニス界の栄枯盛衰が激しいからでしょうか?
グラフはすっかり良いお母さんになっていることが察せられますが、ごく普通のお母さんとはちょっと違います。社会的にも、しっかりと活躍しています。やはり、かつてのスーパースター。今ではすっかりセレブですね。
それにしても、ラス・ベガス暮らしとは知りませんでした。夫がアガシですから、ドイツではないとは思っていましたが。
この稿おわり
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ゴリ丸さん。初めて おじゃまします。グラフの記事を拝見出来て とても嬉しかったです。これから たまにおじゃまさせて頂きます。楽しい記事を期待しています。
みのりちん | URL | 2007年05月26日(Sat)18:45 [EDIT]
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